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「それでもボクはやってない」の日記に関連して「実際にあったこと」を教えてもらいました。
取り調べ、あんなもんじゃないそうです。
そして冤罪自体の怖さだけでなく、人の怖さを考えさせられました。
あの映画では弁護士は「よき理解者」だったけれど、現実には弁護士すら味方になってくれないかも知れない。
国選なら尚更、自分の望む人とは限りませんよね。
「どーせ、クロでしょ」って思われていたら、本当にやりきれない。
以下も、楽しい話ではありません。
少し話は変わりますが、実はクレーマーに先日やられまして。
呼び出されて「誠意が足りないでしょ」から始まり理不尽と思われる要求まで受けました。
理不尽ではありましたが、最初の対応のとき、逃げ腰で向かい合っていた私にも問題があったと思います。
一通り終わってから、それも含めて上司2人に報告。
最後、上司が本人とも直接話をしてくれたんですが、「言われたことは、気にすんな。今までどおりでいい」と。
で両方から「大丈夫だ」「ちゃんと守ってやるから」…って「私もう『女の子』じゃないんですけど、いいんすか!?」とか思いつつも正直、嬉しかったです。
フツーに淡々としてたつもりだったんですが、傷ついて見えたのかなぁ。
「お前の対応もまずかったな」って、一言も無かった。
無条件に味方になってくれる。
多分、この世の中でそんなに無いことだと思います。
でも、この人たちがいなくて、しかも自分の敵だらけだったら、どうでしょうね。
私は「自分は偉い」「自分は正しい」という自分中心の人たちが本っ当に苦手です。
悪い人じゃなくても、とにかく自分を保てなくてしんどくなってしまいます。
ここは相性の問題なので、向き合うのがキツいです。
でも、これで私が折れてたら「正しい」のは常にその「自己主張の強い人」です。
実際どうか、ではなく出た結論が正しいことです。
ちょっと乱暴ですけどね。
裁判で人が人を裁くときも、「真実」が強いのではない。
どちらの主張(証拠)がより強く説得力を持ったか、その結論を出すのは人であり、その人たちの心証です。
その中で、最後まで立ち向かうのにいるのは「心の強さ」であり、覚悟であり。
…そして金ですか。世知辛いけど。
示談したほうが、楽だと思いますよ。時間・金の両面で。
でも、それでは冤罪が本当の罪になってしまう。
本当に事実無根であってすら、「それでも、ボクはやってない」と言い続けるのには覚悟がいると思います。
せめて、近しい人たちに自分自身を信じてもらうのに必要なのものは、日々の積み重ねですよね。
それは生き方でもあるのかも。
…精進しよう。
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