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12月10日の『「母」の不在と溢れる「母性」』に関連して。
ネギ母の不在が気になっているのは、わたしがエヴァンジェリン好きだからです。
エヴァンジェリンはナギにベタ惚れです。ただ、ナギにはどうも相手にされていなかったように見えます。
しかし、いくら片想いだったとはいえ、好きな男に知らないうちに子供ができていたときの女の心情はいかがなものでしょう。
単為生殖じゃあるまいし(つかナギは男だし)、ナギには他の女がいたはずですよ。常識的には。
エヴァンジェリンは10歳にして不死の吸血鬼になってしまったので、普通の人間としての生は望めません。成長することも、子供を生むことも、死ぬことも。
エヴァンジェリンはそこらへんは諦めてしまっている面もあるのかもしれませんが、「嫉妬」はしないもんですかね。
エヴァンジェリンに限らず、『ネギま!』内では「嫉妬」は隠蔽されていますよね。
もちろん、派手な「嫉妬」が存在したら「ハーレム漫画」は成立しなくなるのですが。最悪「Nice boat」ですよ。
いちばんそれらしい描写があった夕映の恋心自覚のエピソードでも、夕映の影の部分はカモが担っていました。
カモが口にすることで、逆に夕映のいい子の部分が引き立つように仕組まれていて、むしろ夕映人気アップなんじゃと思ったくらいでしたよ。
「嫉妬」は『ネギま!』コードに引っかかってしまう(=『ネギま!』の世界観に合わない)要素だと思うので、この先も出てくることはないと思いますが、そこらへんは同人小説で補完しようかなと思っています。需要のあるなしはさておき。
いや、そんなハードに刺したり刺されたり「中には誰もいませんよ」とかするつもりはありませんので。
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